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東京地方裁判所 平成3年(行ウ)50号 判決

原告

作道忠幸

右訴訟代理人弁護士

松浦基之

勝部浜子

被告

江戸川税務署長

小高正己

右指定代理人

開山憲一

外三名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が平成二年一一月二九日付けで原告に対してした酒類販売業免許の拒否処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、東京都江戸川区東小松川〈番地略〉において、「コンビニエンス大野」の屋号で食料品・雑貨等の小売店舗(以下「原告店舗」という)を経営しているものである。

原告は、昭和六三年八月八日、被告に対し、原告店舗を販売場所として酒類販売業免許の申請(以下「本件申請」という)をしたが、被告は、平成二年一一月二九日付けで、右免許を与えない旨の処分(以下「本件処分」という)を行った。

2  しかしながら、本件処分は、酒税法に定める免許拒否事由に該当する事実がないのに行われたもので違法であるから、その取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は認め、同2は争う。

三  抗弁(本件処分の適法性)

1  本件処分の理由

被告は、原告が、酒類販売業免許の免許拒否事由として規定されている酒税法一〇条一〇号及び一一号のいずれにも該当するとして本件処分を行ったものであり、その理由の詳細は以下のとおりである。

2  酒類販売業の免許制度の趣旨

国の重要な財源のひとつである酒税収入については、安定的かつ効率的な確保のため、酒類製造業者を納税義務者とする庫出課税制度をとっているが、この制度においては、その税負担が消費者へ円滑に転嫁されることが不可欠であり、そのためには、酒類の流通過程にある酒類販売業者の経営の安定を図る必要がある。酒類販売業免許制度は、その目的達成のため、予め経営基盤の薄弱な事業者には免許を与えないこととしたうえで、免許を受けた販売業者の経営基盤の悪化を防止するために、需給状況に応じた適正配置を行うこととしている。このような趣旨から、酒税法は、酒類販売業免許の申請を受けた税務署長は、申請者の経営の基盤が薄弱であると認められる場合(一〇条一〇号)又は酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要があるため酒類の販売免許を与えることが適当でないと認められる場合(同条一一号)には、免許を与えないことができるものとしているのである。

3  本件申請と酒税法一〇条一〇号

(一) 酒税法一〇条一〇号の解釈

酒税法一〇条一〇号に定められた右拒否事由については、税務署長の恣意的判断を防止するため、一定の解釈適用基準を定めた昭和五三年六月一七日付間酒一―二五国税庁長官通達(以下「基本通達」という)が発せられており、これによれば、右拒否事由とは「事業経営のために必要な資金の欠乏、経済的信用の薄弱、製品又は販売設備の不十分、経営能力の貧困等、経営の物的、人的、資金的要素に相当の欠陥があって、事業の経営が確実とは認められない場合をいう」とされている。これは、人的、物的な経営要素を総合して、将来の安定的・継続的な酒類販売業が期待できない場合には、経営基盤が薄弱であるとして免許は付与しないとするものであり、酒類販売業免許制度の趣旨に照らし、右拒否事由の解釈として当然のものである。

(二) 原告による「大野屋」の営業

原告の父の亡作道好夫は、群馬県吾妻郡嬬恋村〈番地略〉において、免許を受けて「大野屋」の商号で酒類の小売業を営んでいたが、昭和四〇年六月二五日死亡した。原告は、相続により、父親の酒類販売業免許を承継し、その営業を継続していた。ところが、原告は、昭和四七年ころから小豆相場に手を出すようになり、昭和四八年ころからは、乳酸飲料「ピロビタン」を製造販売する事業を手掛けるようになって、その業務に忙殺されるようになった。また、原告は、昭和四八年九月当時、金融機関から、「大野屋」の年間売上金額にも匹敵する九〇〇〇万円を超える金額の借入れをするようになっていた。

原告は、右「ピロビタン」の製造販売業など酒の小売業以外の事業のために右のように多額の借金を負うようになったのであり、その結果、「大野屋」の安定的経営は困難な状況に陥っていた。

(三) 「大野屋」の株式会社化及びその営業の譲渡

原告は、「大野屋」の経営を訴外戸部一男(以下「戸部」という)に任せることにし、昭和四八年九月一五日ころ、戸部との間で、「大野屋」に関係する資産や負債の確認をしたうえ、その酒類販売営業を譲渡する旨の合意をした。その営業譲渡の方法は次のとおりであった。

まず、原告並びに戸部及び戸部の親族は、昭和四八年一〇月一日、資本金五〇〇万円をもって株式会社大野屋を設立した(原告の出資は右資本金の一〇分の一)。次に、原告は、自らが代表取締役に就任したうえ、同年一〇月一八日、中之条税務署長に対し、いわゆる個人営業の法人成りによる同社の酒類販売業の免許を申請した。

株式会社大野屋は、同年一一月一二日、酒類販売業の免許を取得したが、原告は、同社設立時には、既に嬬恋村から前橋市に転居しており、右合意のとおり、同社の経営一切を戸部に任せ、約一年後には代表取締役も交替している。すなわち、原告は、新規に設立された株式会社大野屋については一時その名目上の代表取締役となったに過ぎなかったのである。しかも、株式会社大野屋の初年度の貸借対照表に、酒類販売業の免許が二七〇万円の「営業権」として計上されていることから明らかであるように、右免許の譲渡は有償であった。

(四) 原告による「リカーショップ大野屋」の営業及びその有限会社化

原告が行っていた「ピロビタン」の製造販売業の業績は悪く、原告は、昭和五一年ころ右事業を廃業した。その時点で右事業による負債額は、一億一〇〇〇万円にも達していた。

その後、原告は、いったん千葉市内の酒店「若松屋」に就職したが、昭和五九年六月一二日、千葉東税務署長から酒類販売業の免許を受け、千葉市穴川〈番地略〉において、「リカーショップ大野屋」の商号で酒類販売業を始めた。

原告は、昭和六二年七月一三日、資本金五〇〇万円(原告が五分の四、原告の妻が五分の一を出資)をもってリカーショップ大野有限会社を設立したうえ、「更に業務を発展させて経営の安定をはかるため事業組織を法人とした」という理由で、すなわち、今後とも原告が行う経営の実態は従前と変わらないという前提で、千葉東税務署長に対し、右有限会社につきいわゆる法人成りの酒類販売業の免許を申請し、昭和六三年四月八日、右有限会社の酒類販売業の免許を取得した。

(五) リカーショップ大野有限会社の譲渡

ところが、原告は、その直後の昭和六三年三月、知人であった訴外河野茂夫(以下「河野」という)に対し、一五〇〇万円の対価により、右有限会社の出資持分全部を譲渡して酒店を手放し、自らは、東京都江戸川区の原告店舗においてコンビニエンス・ストアを経営するようになった。右譲渡は、原告店舗を入手する資金を得る目的によるものである。

右有限会社の昭和六三年三月三一日時点の純資産額は、別表1のとおり九五一万五三九八円であったのに、これが一五〇〇万円の対価により、譲渡されているから、原告は、実質的には有償で河野に対し酒類販売業の免許を譲渡したこととなる。

(六) 右各営業譲渡の問題点

酒類販売業の免許には当然には譲渡性がなく、個人の小売営業を譲渡する場合には、営業譲受人について経営知識・能力の審査が行われ、免許の拒否が判定される。これに対し、免許を受けた個人の小売営業を法人化する場合には、経営実態に継続性がみられる限り、ほぼ自動的に法人に対して酒類販売業の免許が与えられるのが実務の扱いである。そして、原告は、右二回の営業譲渡のいずれの場合においても、販売業の免許の確実な承継がなければ従前の営業譲渡が困難であったことから、「大野屋」や「リカーショップ大野屋」を法人成りさせたうえ、会社の経営権を譲渡するという手段を利用して、実質的に、酒類販売業免許の譲渡をいずれも有償で行ったのである。

(七) 現在の原告の経営基盤等

本件申請は、リカーショップ大野有限会社の営業譲渡が行われた後半年を経ずして、昭和六三年八月八日に行われた。原告は、右有限会社譲渡の後、酒類販売業からコンビニエンス・ストア経営に転じたのであるが、昭和六三年分の確定申告において右有限会社に関する譲渡所得を申告せず、被告の税務調査を経てこれを修正申告したものである。また、本件申請中の昭和六三年分の原告店舗の営業については、二六四万三八三八円の損失が計上されている。

(八) 本件申請の酒税法一〇条一〇号該当性

原告は、右のとおり、過去に二度も個人で酒類販売業の免許を受けながら、多額の借入金で酒店の経営を悪化させたことや、転業のための資金取得の必要などから、二度の免許をいずれも他人に有償譲渡したものである。このような行為は、免許制度の信頼性を損なう悪質なものであり、原告の酒類販売業の免許を受ける適格性が疑われる。

しかも、原告は、法人免許の不正取得(原告は、営業譲渡の意図を隠し、個人営業の継続を理由として法人の免許を申請したものである)を介在させて、免許の事実上の承継を行ったのであり、昭和六三年分の多額の譲渡所得の不申告の事実をも考慮すれば、原告は、遵法精神に欠けており、誠実な事業経営者とはいい難い。

さらに、原告のコンビニエンス・ストアの経営は十分に安定しているとはいえないし、原告のような経営者は、将来、何らかの必要が生じれば、従前と同じ手法で免許を譲渡して酒店を手放すおそれが強く、安定的・継続的な酒類販売の経営を期待することができないから、本件申請には、酒税法一〇条一〇号に定める免許拒否事由がある。

4  本件申請と酒税法一〇条一一号

酒類販売業免許の需給調整上の要件については、昭和三八年一月一四日付間酒二―二国税庁長官通達の別冊「酒類販売業免許等取扱要領」(以下「免許取扱要領」という)があり、被告は、免許取扱要領に従い、消費者の分布等を考慮して、別表2のとおり管内に五地域の「小売販売地域」を決定した。原告店舗は、そのうち「区民課」の小売販売地域に存する。各小売販売地域における昭和六二年から平成元年の酒類小売状況、昭和六三年から平成二年までの世帯数、人口の状況は、別紙3のとおりである。

区民課の世帯数、人口は、ほぼ横ばいの状況であり、酒類に対する需要が急激に増加するとは考えにくい。しかも、原告店舗周辺には、既存酒類販売業者九者があるが、その決算状況をみると、九者のうち二者は欠損を計上しており、その他の業者の経営状況も良好ではない。このような状況下で原告に免許を付与することは、酒類の需給の均衡を破るものであるから、本件申請には酒税法一〇条一一条に定める免許拒否事由がある。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は認める。

2  抗弁2の被告主張の法律及び制度の趣旨は争わないが、後記のとおり、酒類販売業の免許制度を定める酒税法九条、一〇条の規定は、職業選択の自由を定めた憲法二二条一項の規定に違反して無効であり、仮にそうでないとしても、告知・聴聞の適正手続を経ない本件処分は、憲法一三条及び三一条に違反しており違法である。

3(一)  抗弁3(一)の被告主張の通達の存在は認める。

(二)  同(二)の事実中、「大野屋」の経営が困難となったとの点は否認し、その余の事実は認める。

(三)  同(三)の事実については、株式会社大野屋設立の事実は認めるが、その余の事実は否認する。原告は「大野屋」の営業を戸部に譲渡したのではなく、戸部に対し右株式会社の経営を任せただけであり、現在も同社の取締役であって会社経営に協力しており、会社から無関係になったのではない。

大野屋は、昭和四八年当時すでに売上約一億円の規模を有する優良な酒店だったのであり、酒の小売業そのものは問題がなかった。ただ、原告が事業を拡張して多額の借入金をしピロビタンの製造販売業に没頭するようになった結果、ピロビタン関係で行う取引行為が「大野屋」の酒類販売業に影響を与えないようにするため、大野屋を法人化したのである。原告のピロビタンの製造販売業は結果的に失敗し多額の負債を抱えたが、株式会社大野屋は影響を受けていない。

原告は、戸部に会社経営を任せるに当たり、金銭等の利得を得たことはないし、いずれせよ、株式会社大野屋の経営を戸部に任せたことは適法であり、非難される点はないのである。

なお、株式会社大野屋の貸借対照表に計上されている営業権二七〇万円というのは、酒類販売業の免許の価格などではなく、明治アイスクリームの一次卸の権利である。

(四)  同(四)の事実は認める。

(五)  同(五)のうち、原告が一五〇〇万円の支払を受けて、リカーショップ大野有限会社を河野に譲渡した事実は認めるが、譲渡時点の右有限会社の資産状況、原告が譲渡により利得を得たとの点は否認する。

昭和六三年三月末日の譲渡時点における右有限会社の純資産額は一五〇〇万円に見合うものであったから、酒類販売業免許の代金に相当する利得を得たことはない。すなわち、右時点における右有限会社の売掛金残額は、買掛金残額(別表1の六一一万三七八八円)とほぼ同額の六〇〇万円程度は存在したのである。この売掛金残額をわずか二二〇万円程度とする被告の事実主張は誤りである。

次に、原告は、知人の訴外小林健一(以下「小林」という)がコンビニエンス・ストア「ヤマザキデイリーストア東小松川店」(現在の原告店舗)の赤字経営に窮したうえ健康も害し、これを廃業して負債を整理しようとしていたことから、小林の事業の整理に協力するため右店舗を居抜きの状態で買い取ることにしたのである。

「リカーショップ大野屋」の経営状況は、事業開始当初の昭和五九年こそ赤字であったが、昭和六〇年の売上は五九八九万四六六四円(利益は一四五万二二四八円)、昭和六一年の売上は九四三三万二四二六円(利益は七四四万一〇七五円)であった。そして、原告の事業は、飲食店の固定客層を得ることにより、右有限会社設立の前後を通じて拡大基調にあり、安定した経営基盤を得つつあった。原告がこの会社における酒類の販売事業を他人に譲る必然性は何ら存在しなかったが、親しく付き合っていた小林の窮状を救うために、やむをえず事業を河野に譲渡したのであって、右譲渡に責められる点はない。なお、原告が「リカーショップ大野屋」を法人化したのは、昭和六一年分の所得税額が一〇〇万円を超えたことから、税理士に相談した結果、法人化を勧められたことによるものである。

(六)  同(六)は争う。右のとおり、「大野屋」及び「リカーショップ大野屋」のいずれの場合も、原告は、営業譲渡の目的でその法人成りによる免許を得たわけではないし、利益を得る目的で営業を譲渡したものでもない。

(七)  同(七)の事実は認める。ただし、原告店舗の経営は、事業開始当初の昭和六三年こそ赤字であったが、平成元年の売上は五一八一万五七三二円(利益は二五六万三一六八円)、平成二年の売上は五四〇〇万七四七六円(利益は二九七万五七八六円)であって、順調に推移しており、原告の経営能力は高いというべきである。

(八)  同(八)の主張は争う。

原告が、「大野屋」や「リカーショップ大野屋」の個人の酒類販売事業を法人化したことや、設立した会社につき販売業免許を取得したことは何ら違法ではないし、不当な意図に基づくものでもない。また、会社というのは出資者や経営者の変動にかかわらず組織体として存続することが法的に予定されているのであるから、原告の行為によって、酒類販売業の免許を有する株式会社大野屋やリカーショップ大野有限会社の人的構成が変動したとしても、このことは酒税法の関係で非難されるものではない。

原告は、酒類販売業の経験が豊富で経営能力もあるから、酒税法一〇条一〇号に該当するものではない。

4  同4の事実は否認する。

免許取扱要領によれば、需給調整上の要件としては、(一) 既存小売販売場から、その地域の小売基準数量の一〇倍以上の数量の販売実績を有する大規模な小売販売場を除外した残りの全酒類小売販売場の最近一か年における総販売数量に酒類消費量の増減率を乗じて算出される数量を、その販売場の数に申請販売場数を加えた数で除して得た数量が小売基準数量(三六キロリットル)以上であること、(二) 申請時にもっとも近い時における申請販売場の小売販売地域内の総世帯数を加えた数で除して得た数が、基準世帯数(三〇〇世帯)以上であることの各基準を充たしていることとされている。

別表3によって、本件申請にかかる区民課の需給調整上の要件につき検討すれば、右(一)の基準は74.3キロリットル、右(二)の基準は四五〇世帯であって、本件申請は、需給調整上の要件を充たしており、酒税法一〇条一一号に該当するものではない。

五  酒類販売業の免許制度の違憲性に関する原告の主張

酒類販売業を規制する酒税法上の免許制度は、酒税の保全を規制目的としているが、酒税の納税義務を負うのは酒類製造業者であり、酒類販売業者は、製造業者(又は卸売業者)から納品された酒類の代金を支払うことにより、流通の中間において間接的に酒税の納税に関与しているに過ぎない。そして、納税義務を負う製造業者が酒税負担をどのように確実に最終消費者に転嫁するかという問題は、結局のところ、製造業者がどのようにして売掛金を回収するかという通常の企業活動にかかる問題に過ぎないから、製造業者の営業努力に任せてよい事柄であり、すべての酒類販売業者を免許制という国家の強い統制のもとに置くという規制方法は明らかに行過ぎである。

すなわち、酒税の保全という規制目的達成のために、納税義務を負う製造業者に免許制が必要であるとしても、さらに、販売業者にまで免許制を実施することに合理性はない。自由主義経済の中では、経営努力を怠る経営者は自由競争によって淘汰され、より優れた経営内容を持つ事業者によって販売業界が形成されるのであるから、販売業者に免許制を導入しなくても酒税保全の目的は十分に達成できるのである。にもかかわらず、既存業者の権益のみが不当に保護され、消費者の利益にもならず、酒税保全の目的に必要でもない酒類販売業の免許制度を維持することは、さしたる合理的な理由もなしに憲法上保護されている営業の自由を侵害するものであり違憲である。

なお、酒類販売業の免許制度を合憲と判断した最近の最高裁判決(平成四年一二月一五日民集四六巻九号二八二九頁)は、昭和五一年の免許拒否処分の違法性が争われたものである。そして、同判決は、昭和一三年に導入された酒類販売業免許制度は、当初は必要性と合理性があり、その後の社会状況の変化と租税体系の変遷に伴い、酒税の国税に占める割合が相対的に低下するに至った昭和五一年時点においても、なお酒税の賦課徴収に関する仕組みがいまだ合理性を失うに至っているとはいえないと判示して、かろうじて免許制度を合憲としたのである。本件処分の時点は平成二年であって、右最高裁判決が問題にした昭和五一年時点からさらに一四年が経過しており、その間の租税体系や社会状況の変化は顕著であって、政府自身が昭和六三年一二月に酒類販売業の規制緩和要綱を閣議決定した状況下にある。したがって、酒税の賦課徴収という観点から右免許制度を維持する合理性は失われたとみるべきである。

また、酒類販売業の免許拒否の要件を定める酒税法一〇条一〇号及び一一号の規定は、極めて抽象的であり、職業選択の自由を規制する規定としては不適格である。

六  原告の違憲性の主張に対する被告の反論

酒税は国家財政上の重要な地位を占めている(平成三年度の租税収入予算額に対する割合は、3.2パーセント)が、その税率は高く、販売価格に対して酒税額の占める割合が極めて高いから、酒税が消費者に確実に転嫁され、消費者から酒類製造業者に納税資金が確実に回収されなければ、酒類製造業者の営業は危機に瀕することとなる。したがって、消費者から酒類製造業者への納税資金の還流を円滑にする酒類販売業者の地位は重要であって、その免許制度は、その経営の安定を図るうえで必要な制度であるといえる。このように、免許制度は、その規制目的において合理性が認められる。また、規制の手段・態様においても、免許拒否の権限を与えられた税務署長の恣意的な判断を排除して、免許処分の公正が保たれるよう、免許を与えないことができる場合の消極要件を制限列挙して、免許を与えるのを原則とし、税務署長の認定判断が必要なものについては、前記各通達により、具体的かつ詳細に免許取扱事務につき規定し、恣意的な判断を排除しているなど、十分な合理性を認めることができる。以上のとおり、職業選択の自由に対するそのような法的規制措置が立法府の裁量権を逸脱し、著しく不合理であることが明白な場合であるとは到底いうことができない。

理由

第一酒類販売業の免許制度の合憲性について

一請求原因1の事実(本件処分の存在)は当事者間に争いがない。

酒税法は、酒類販売業を免許制によって規制し、同法一〇条に列挙する免許拒否事由が認められる者については免許を与えないこととして、職業活動の自由を制限しているため、この制度が職業活動の自由の保障をも包含していると解される憲法二二条一項に適合するか否かが問題となる。

二租税法の内容をどのように定めるかは、国家の財政や経済、国民生活等の現状及び将来に関する広範な資料を基礎として立法府が行う政策的・技術的判断に委ねられているものであるから、租税を適正かつ確実に賦課し徴収するという財政目的のため一定の職業を許可制によって規制することも、その必要性と合理性についての立法府の判断が、その委ねられた政策的・技術的な裁量の範囲を逸脱し、著しく不合理なものとなっていない限りは、憲法二二条一項の規定の許容する範囲内にあるものというべきである。

酒税による収入は、沿革的に見て、国税による収入全体に占める割合が高いため、酒税は、これを確実に徴収する必要性が高い税目である一方において、その販売代金に占める割合も高率であったから、酒税法が、酒税を適正かつ確実に賦課し徴収するという財政目的のために、酒税の納税義務者を酒類製造業者とし、右業者が酒類の販売代金を確実に回収し、もって酒税の消費者への円滑な転嫁を実現させるために、中間に介在する酒類販売業者の免許制度を採用し、経営の基盤が薄弱であるなどの理由によって右転嫁の実現を阻害するおそれのある販売業者が流通過程に存在しないようにしたことには優に合理性があったものというべきである。

三もっとも、いずれも成立に争いのない乙第二七ないし第二九号証によれば、酒税収入の国税収入全体に占める割合は、昭和一三年度から昭和四三年度までの間は、概ね一〇パーセント以上となっていたが(税目別で二番目又は三番目の高率である)、昭和五〇年度以降六パーセント台となって以来次第に減少し、昭和六一年度以降は四パーセント台になり(それでも税目別では所得税、法人税に次いでいた)、平成元年度には約3.3パーセントとなるに至っている(税目別で所得税、法人税、消費税、相続税、印紙税に次ぎ六番目となっている)ことが認められる。

他方において、成立に争いのない乙第三二号証によれば、酒税の税率はなお非常に高く、平成四年二月時点において酒類製造業者の税抜き販売価格に対し、ウイスキーでは八〇パーセント以上、ビールでは一〇〇パーセント以上に達していることが認められる。

四右のような事実関係に照らせば、酒税収入の国税収入全体に占める割合が相当に低下しているとしても、酒税の賦課徴収の仕組みがいまだ合理性を失うに至っているとはいい難い。まして、酒類は致酔性を有する嗜好品であるから、その販売が無秩序のまま放任されてよいとはいえず、その観点からしてもその販売が規制されるのもやむを得ないということができる。

そうすると、平成二年当時においてなお酒類販売業免許制度を存置するものとしている立法府の判断が、著しく不合理であってその委ねられた政策的・技術的な裁量の範囲を逸脱するものとまでは断定し難いというべきである。

五右のとおり、現に酒類販売業の免許制度を維持することは、憲法二二条一項に違反するものではない。

そして、消費者と製造業者との間の流通秩序を規制して酒類販売業者の経営の確実性を確保する趣旨で免許制度を採用する場合には、酒税法一〇条一〇号及び一一号のような免許拒否事由を設けることは合理的であり、これら個々の拒否事由に関する規定が憲法に違反するということもできない。

第二本件処分の手続の合憲性について

一原告は、本件処分が、告知・聴聞の機会を与えずに行われたから、その手続が憲法一三条、三一条に違反し、無効であると主張する。

行政庁の処分は、規制の目的、これにより制限される利益の性質、制限の程度に応じて多種多様であり、憲法一三条や三一条が一般的に行政庁の処分において被処分者に告知・聴聞という厳格な防御の機会を保障していると解することはできない。もっとも、行政処分が人の身体の自由その他重大な権利利益に対する侵害処分である場合においては、憲法一三条、三一条の規定の類推解釈により一定の適正な手続が要求されると解すべき場合があることも否定することができない。

二酒税法は、酒類の製造や販売免許を取り消す際には、告知・聴聞の機会を保障している(一五条)が、免許拒否処分に際してはそのような保障をしていない。しかし、酒類販売業免許の申請拒否処分は、人の身体の自由や精神的自由のような重大な権利利益に対する制限をもたらすものではなく経済活動の自由を制限するに過ぎないものであること、この処分は、いったん与えられた免許が取り消される場合と比較して相手方に与える経済的打撃が少ないものであることによれば酒類販売業の免許の申請拒否処分を行うために、告知・聴聞という手続まで履践することが、憲法上要求されていると解することはできない。

したがって、原告の右主張は採用できない。

第三本件処分の法適合性(本件申請の酒税法一〇条一〇号該当性)について

一抗弁3(二)の事実中、「大野屋」の経営が困難となったとの点を除くその余の事実、同3(三)のうち原告及び戸部らが株式会社大野屋を設立した事実、同3(四)の事実、同3(五)のうち原告がリカーショップ大野有限会社を河野に譲渡した事実、同3(七)の事実は当事者間に争いがない。

二酒税法一〇条一〇号に定められた「経営基盤が薄弱であると認められる場合」という免許拒否事由は、その文言のみによっては、どの程度の経営基盤を要求する趣旨なのか、物的・資金的基盤以外に人的基盤をも含む趣旨であるのかが必ずしも明らかではない。しかし、前記のとおり、この免許拒否事由は、流通秩序の規制によって代金の回収を確保し、もって支障なく酒税を消費者へ転嫁させようという酒類販売業免許制度の実効性を担保するものであることからすれば、経営に関する諸事情に照らし安定的・継続的な酒類販売業の経営が行われると認められない場合一般を指すものと解すべきである。

そうすると、被告主張の基本通達における解釈基準は、右制度の運用の掌にある者がよるべき一般的な免許拒否事由の解釈運用の基準として妥当なものというべきである。

そこで、以下、右解釈基準によって本件申請には酒税法一〇条一〇号に該当する事由があるとする被告の認定判断の当否を検討する。

三右争いのない事実に、いずれも成立に争いのない甲第二号証の二一及び三三ないし三六、甲第一四ないし第一六、第一八号証、第五二号証の一、二、乙第一、第二、第四ないし第七、第九号証、第六四及び第六五号証の各一、原本の存在及び成立に争いのない甲第一九号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第四号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第三号証の一ないし五、証人河野茂夫の証言により真正に成立したものと認められる乙第一〇号証、証人河野茂夫の証言並びに原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)によれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、昭和四〇年六月、相続により、父が経営していた老舗の酒屋「大野屋」の営業を承継するとともに、酒類販売業の免許を得て事業を続けていたが、昭和四八年四月、ピロビタンという飲料の製造販売事業を始め、同年七月には知人とともに株式会社ピロビタン群馬ボトリングを設立した。原告は、その設立及び開業準備のため五〇〇〇万円もの融資を受けた。しかも、原告は、それまでにも不動産の購入などを行っていた結果、同年九月ころには、「大野屋」の年間売上額に匹敵する九五〇〇万円もの借入金を抱えるようになっていた。

このような状況において、原告の主要取引先金融機関であった吾妻信用組合の支店長は、「大野屋」の経営の立直しのため、「大野屋」の営業を戸部に譲渡することを原告に提案した。原告はこの提案を承諾し、昭和四八年九月一五日、戸部との間において「大野屋」の営業を譲渡する合意をした。

右合意の骨子は、戸部が、原告に九〇〇万円を支払って「大野屋」の営業の譲渡を受け、「大野屋」に関する原告の資産及び負債の一切を承継すること、右約九五〇〇万円の借入金のうち戸部は約六八〇〇万円を引き受け、残余の約二七〇〇万円は原告が負担するというものであった。戸部は、最終的には原告に五四〇万円余を支払った。

2  酒類販売業の免許には譲渡性がなく、過去に酒類販売業に従事したことのない戸部が確実に免許を受けられる保証はなかったため、右の合意だけで「大野屋」の営業の譲渡を完全に実現するのは困難であった。そこで、原告は、昭和四八年一〇月一日、戸部との共同出資により(原告の出資額は、資本金五〇〇万円の一〇分の一の五〇万円であった)株式会社大野屋を設立し、同月一八日、中之条税務署長に対し、個人営業を法人化したとして右会社につき酒類販売業免許を得た。しかし、実際には、原告は、名目上の代表取締役に過ぎず、右免許申請のころには、酒類販売業から手を引いて前橋市に転居しており、右会社設立以後今日まで、同社の経営に携わったこともなければ給与や報酬の支払を受けたこともなかった。右会社の代表取締役は、設立後一年余りで戸部の父に変更されている。

右のように会社設立を経て営業譲渡が行われたのは、従前の個人事業を継続するものとして申請されている限り、法人成りした会社に対する免許付与の審査は、新規免許付与の際の審査のように厳格には行われないという実務の扱いを利用して、戸部に対する人的要素の審査(経験年数なども審査の対象となる)を回避するためであった。

3  原告は、開始から三年ほどでピロビタンの製造販売事業に失敗し、多額の負債を抱えることになったが、法的な倒産手続によってそれら債務の整理をしないまま、昭和五〇年一一月梱包会社に就職し、さらに、昭和五五年一〇月「若松屋」という酒屋へ就職した。しかし、右「若松屋」が昭和五八年七月ころ倒産したことから、昭和五九年六月、個人で酒類販売業免許を取得し、千葉市穴川において「リカーショップ大野屋」という商号で酒類の小売業を開始した。右店舗の経営は、飲食店等の固定客を拡大して順調に推移し、昭和六一年の売上は九四〇〇万円余り、利益は七四〇万円余りとなっていた。そして、原告は、税金対策のため、昭和六二年七月一三日、資本金五〇〇万円でリカーショップ大野有限会社を設立し、右個人営業を法人化した。しかし、原告は、会社設立後すみやかに個人の酒類販売免許を法人の免許に切り替える(すなわち、個人の免許を放棄し、法人成りした会社名義の免許を申請する)手続はとっていない。

4  原告店舗所在地においてパン製造会社のフランチャインズ店のコンビニエンス・ストアを経営していた原告の従弟の小林は、昭和六二年九月ころ、原告に対し、売上が伸びないうえ開店時間が長く体力的にも経営を続けて行くのが困難であるから店舗を手放したいと相談を持ちかけた。しかし、原告が右店舗(賃借店舗)を引き継ぐためには、小林が開店準備資金に充てた借金の弁済金や店舗備品のリース契約の清算金などの多額の現金を工面する必要があった。そこで、原告は、リカーショップ大野有限会社の営業を譲渡することによって資金を得ることにした。

5  原告は、昭和六三年一月下旬ころ、「若松屋」に勤務していたころの同僚の河野(同人はその当時は酒類販売業に従事していなかった)に対し、右有限会社の買受け方を打診した。そして、原告は、個人で取得していた酒類販売免許を右有限会社の免許に切り替えるため、昭和六三年一月二六日、個人営業を法人化したとして右有限会社名義の酒類販売業の免許を申請した。その後、原告と河野は、河野において右有限会社を一五〇〇万円で買い取り、同年三月三一日に会社営業の引渡しをする旨合意し、河野は、同月一一日、原告に対し右代金を支払った(一〇〇〇万円は現金及び振込みにより、五〇〇万円は小切手により支払われた)。

原告は、同年三月ころ、小林のコンビニエンス・ストアの債務の整理のために八〇〇万円を投じ、右賃借店舗及び備品類を引き継いで、原告店舗を取得し、コンビニエンス・ストアを経営するようになった。リカーショップ大野有限会社に対する酒類販売業免許は、同年四月八日に付与されたが、その時点では、右のとおり既に右有限会社は原告から河野に譲渡されていた。右のとおり認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は、何ら確たる裏付けのない事実主張に過ぎず、採用し難い。

四原告の経営基盤について

1  以上の事実によれば、原告は、二度にわたり、個人で酒類販売業の免許を受けながら、「大野屋」の酒類小売業については、免許取得後八年余りで他の事業への投資などによって生じた多額の負債の整理のために、酒類販売業の経験のない戸部にその営業を譲渡したものであり、「リカーショップ大野屋」の酒類小売業については、免許取得後四年足らずで、原告店舗を取得する資金の調達のために、酒類販売業に従事していなかった河野にその営業を譲渡したものである。

2 右営業譲渡は、いずれも、法人の経営を移転するという方法により行われたものであるが、酒税法が販売業免許を受けた法人の経営の移転について許可や届出等の規制を行っていない以上、そのような行為自体は、たとえ対価の授受を伴うものであったとしても特に非難に値するものとはいえない。そして、免許を有する企業体全体の経済的評価の中に、免許を受けているということの経済的評価が含まれることも止むをえないところである。

3 しかし、原告の行った二度にわたる会社名義による酒類販売業の免許の申請は、その許可のあった後に原告自身が会社経営に全く関与しないことになっているとの事情を隠し、もって、法人成りの場合の許可についてとられている実務の扱いを利用して、当該会社の経営者の人的要素に対する税務署長の通常の審査を免れる目的の下に行われた不正な免許申請行為であるといわざるをえない。このような原告の不正行為は、申請した者の経営者としての資質からみて安定的・継続的な酒類販売業の経営が期待できるか否かという観点から行われる被告の審査において斟酌されるのは当然であって、右認定のような原告の過去の行為をみると、原告には、どれほど堅実に長期にわたり酒類販売業を継続する意思ないし資質があるのか疑わしいというべきである。原告のような経営者は、三たびその受けた酒類販売業の免許をその営業ともども法の規定を潜脱して他へ譲渡することがないとはいい難く、酒税法が期待するような安定的・継続的な酒類販売業を行う者とは認められないといわざるを得ないのである。

したがって、本件申請には酒税法一〇条一〇号に該当する免許拒否事由があるとの被告の判断に誤りはなく、本件処分に違法とすべき点はない。

第四結論

以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中込秀樹 裁判官橋詰均 裁判官武田美和子)

別表〈省略〉

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